なぜ、今、日本でDXが議論されるのか ? 注65

公開: 2021年5月31日

更新: 2021年5月31日

注66. 新しい社会に必要な考え方

フランスの社会学者・経済学者で、シラク政権の大統領顧問を努めたジャック・アタリは、新しい世界に必要な、重要な思想の一つとして、「利他主義」を挙げている。アタリの「利他主義」は、キリスト教の博愛精神に基づくものであるが、似たような思想は、古代からの宗教において、共通に見られる考え方と言える。「利己主義」は、生物に共通する特性であるが、「利他主義」はその利己主義に基づく行動が招く、種全体の繁栄をしばしば阻害する問題を、未然に防止する叡智として、人類が見出した思想の一つである。

アタリは、市場に参画する個々人が「利己主義」に基づいて、合理的な決定をすれば、「社会全体にとっても、最も合理的な決定に落ち着く」とする、アダム・スミスの「見えざる手」の原則が、現代社会では成り立たず、強欲資本主義を招いたとして、「利他主義」を原則とした市場の行動規範を主張した。これは、スミスが、市場に参画する全ての人々が、「自己抑制」の規律を守って行動しなければ、資本主義は機能しないと考えていたことと、相通ずるものであろう。

利他主義は、社会の自分以外の人々の立場や考え方を尊重し、自分以外の人々が、ある問題を「どのように捉え、どのように考え、どのように行動するか」を吟味することで、自分自身の考えとの違いを明確に分析した上で、自分自身が採るべき行動を選択すべきとする考え方である。中世社会では、キリスト教の神が絶対的な視点から、正しい道を示すと考えて来た。しかし、絶対的な神や、絶対的な真理を前提としてものごとを考えることができない現代の世界では、全てのことを相対化して考えるべきだとする。その意味では、アタリの利他主義も、中世のキリスト教的な博愛主義とは、異なっている。

また、現代の多くの経済学者達が、新しい所得の再配分の制度が必要なことを主張している。その新しい所得の再配分が、どのような思想に基づいて行われるべきかについての合意は、まだ形成されていない。ベーシック・インカムの制度は、制度の詳細は別として、何らかの名目で国家が徴収した税を、分配すべきとする考え方では一致しているものの、詳細についての考え方は様々である。ただ、これまでの社会では技術的に難しかった、事務処理についてはコンピュータや通信の技術を駆使することで、乗り越えられるであろうとする考え方が大勢である。問題は、何が「公平」であるかについての、社会的共通認識の形成ができていないことである。

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